
EuroHapticsは、触覚の知覚機構、触覚インタフェース、ウェアラブル・表面触覚、ロボティクス、医療、バーチャルリアリティおよびヒューマン・コンピュータ・インタラクションなどを対象とする、触覚研究分野を代表する国際会議の一つである。第15回となるEuroHaptics 2026は、2026年7月6日から9日まで、イタリア・シエナのUniversity of Sienaを中心に開催された。
本会議には25か国から400名を超える研究者・学生・企業関係者が参加した。165件の論文投稿のうち83件が採択され、5件の基調講演、9件のワークショップ、口頭・ポスター発表および55件のハンズオンデモが実施された。触覚の神経科学から、マルチモーダル知覚、社会的触覚、ロボット操作、温冷覚、食体験まで幅広いテーマが扱われ、触覚研究の対象が基礎的な知覚現象から実社会の応用へ拡大していることを実感した。
私は、7月9日のOral Session 5「Tactile Graphics, Surfaces & Spatial Feedback」において研究発表を行うとともに、7月7日のDemo Session Bにおいて3時間にわたるハンズオンデモを実施した。
発表題目は「Synthesizing Rolling and Sliding Sensations using Spatiotemporal Electrical Stimulation Augmented by Physical Event Cues」である。本研究では、大型の力覚提示装置に依存せず、コンパクトな指先インタフェースによって、物体が皮膚上を転がる感覚と滑る感覚の違いを合成する手法を提案した。
提案システムは、時空間的に制御した電気触覚刺激に、振動および物理的イベントの手掛かりを組み合わせる。直動機構上の電極アレイにより、皮膚上を移動する接触位置とその運動の整合性を提示し、振動刺激によって摩擦やstick-slipなどの高速な接触イベントを付加した。実験の結果、転がり感は接触位置の幾何学的・運動学的な整合性から比較的安定して誘発できる一方、滑り感を明瞭に提示するには摩擦に関連した追加のイベント手掛かりが重要であることが示された。
口頭発表では研究の背景、刺激設計および知覚実験の結果を体系的に説明し、ハンズオンデモでは「Demonstrating Rolling and Sliding Sensations via Spatiotemporal Electrotactile, Vibrotactile, and Force Cues」と題して、参加者が実際に装置を体験できる形で成果を公開した。
デモ期間中には、欧州、北米、日本、中国、韓国を含む各国・地域の研究者と、刺激の自然さ、電気刺激と振動刺激の役割分担、個人差に応じた校正方法、およびバーチャルリアリティやロボット操作への応用可能性について議論した。触覚および電気触覚を専門とする複数の研究者から、転がり感が明瞭に知覚できることや、複数の刺激を統合した設計について高い評価を得た。一方で、皮膚状態や刺激閾値の個人差、装着・校正時間、長時間使用時の安定性は、実用化に向けてさらに改善すべき課題として認識した。


本会議では、口頭発表とハンズオンデモの双方を通じて研究成果を発信できた。口頭発表は研究の問題設定と実験結果を論理的に説明する機会となり、デモは論文や映像だけでは伝えることが難しい触覚そのものを多数の参加者に体験してもらう機会となった。特にデモでは、専門分野や国・地域の異なる研究者と継続的に意見交換を行い、提案手法が著者以外にも明瞭な転がり・滑り感として知覚されることを確認できた。
また、本デモはEuroHaptics 2026 Best Demo Award – Honorable Mentionを受賞した。55件のハンズオンデモが実施された中で本研究が評価されたことは、提案した知覚原理だけでなく、多数の参加者が短時間で体験可能なシステムとして実装した点についても、国際的な評価を得た成果である。これまでのAsiaHaptics 2024におけるBest Demonstration Award Bronzeに続き、異なる国際会議で再びデモが評価されたことから、触覚研究におけるシステムの完成度と再現可能な体験の重要性を改めて認識した。

基調講演および他の研究発表からは、触覚が単一の物理刺激ではなく、神経機構、運動制御、温度、視覚、味覚および社会的文脈と結び付いた複合的な感覚であることを学んだ。マルチモーダル触覚システムでは、刺激の種類を単純に増やすのではなく、それぞれの感覚チャネルの時間・空間特性に応じて、接触位置、摩擦、衝突、温度などの情報を相補的に割り当てることが重要である。
さらに、ロボット操作に関する講演や研究者との議論を通じて、転がり、滑り、接触、摩擦およびstick-slipは、人に提示すべき感覚であると同時に、ロボットが物体を安定して操作するために検出・利用すべき状態情報でもあると認識した。今後は、現在の研究を個別の転がり・滑り感の提示にとどめず、動的接触イベントを知覚・合成・フィードバックするマルチモーダルな枠組みへ発展させ、バーチャルリアリティ、遠隔操作およびロボットの巧緻操作への応用を検討したい。また、個人差を単なる実験上のばらつきとして扱うのではなく、迅速な閾値校正や刺激の自動調整を含む個人適応型触覚提示の研究につなげたい。
本助成により、研究成果を国際的に発信し、欧州、北米およびアジアの研究者と直接交流するとともに、今後の研究方向につながる多くの示唆を得ることができた。ここに、一般財団法人丸文財団ならびに関係者の皆様に深く感謝申し上げる。
