この度は、令和7年度丸文財団国際交流助成によるご支援を受け、SPIE optics + photonics 2025に参加し口頭発表を行いました。本学会は、毎年行われる光学およびフォトニクス分野における世界最大の国際会議の一つで、アメリカのカリフォルニア州サンディエゴにあるコンベンションセンターで開催されます。本学会は「Nanoscience + Engineering」、「Optical Engineering + Applications」、「Organic Photonics + Engineering」、「Astronomical Applications」の4分野における会議とシンポジウムに加え、最新技術の展示やワークショップなどから構成されています。例年約4,000人が参加し発表論文数が約3,000件と非常に大規模な学会であり、5日間で約50のセッションが開催された今年度も非常に多くの参加者で賑わっていました。
私が発表を行ったNanoscience + Engineering分野のスピントロニクスのセッションでは、対称性の破れに起因して超伝導転移温度が電流方向に依存する超伝導ダイオード効果、特殊な結晶構造を持つ反強磁性体であり第三の磁性体として注目を集める交替磁性体など、最新の話題を含め非常に幅広い領域の研究について活発に議論が行われました。
今回私の講演題目は、“Giant spin-orbit torque and nonreciprocal charge transport in two-dimensional hole gas on the hydrogen-terminated diamond surface”であり、水素終端ダイヤモンドという材料の電流スピン流変換効率と、電流誘起スピン偏極がもたらす電気伝導特性について議論しました。
研究分野であるスピントロニクスにおいて重要な役割を果たす電流スピン流変換現象は、スピン軌道相互作用を起源とします。スピン軌道相互作用は毒性のBi, Seや貴金属のPt, Ta, Teなどの重元素において強い傾向にあるため、持続可能性の観点から、無毒でユビキタスな軽元素材料の開拓が望まれます。私が注目した材料は、水素と炭素から構成される水素終端ダイヤモンドです。ダイヤモンドの結晶は絶縁体ですが、表面に二次元正孔ガスが生成されて伝導性を示します。水素と炭素の原子番号が小さいため原子自身のスピン軌道相互作用は弱いにも関わらず、二次元正孔ガスの空間反転対称性の破れに起因して強いRashba型スピン軌道相互作用を持つという新奇な特性を示します。
本研究では、水素終端ダイヤモンドの電流スピン流変換により生成されたスピン流が強磁性体に注入されることにで生じる「スピン軌道トルク(磁化操作作用であり磁気メモリの書き換え方法の候補として注目されています)」の観測に成功しました。その大きさから計算される電流スピン流変換効率は、ベンチマークとなる材料である白金の値を凌我することがわかりました。また、二次元正孔ガスにおいて、Rashba型スピン軌道相互作用により電流が誘起するスピン偏極が外部磁場と相互作用することで現れる「非相反伝導(電流方向に応じて抵抗が変化する現象)」の観測にも成功しました。本現象の観測は、Rashba型スピン軌道相互作用の強さをはじめとする物性理解につながります。
今回、私にとって初めてとなる国際学会における口頭発表でした。研究室では研究員の方と英語でコミュニケーションを行ったり英語で発表したりする機会には恵まれている方だと思っていますが、発表時間が25分と長いこともありうまく英語で伝えられるか、質疑応答をきちんと行えるか非常に不安でした。本番では数件の質問をいただき、議論も行うことができ、大変貴重な経験になりましたし自信にもなりました。また、Plenary talkに参加したり、他の登壇者に質問したり議論を行ったり、さらに連絡先をいただいたりと、学術的にも有意義な時間を過ごすことができました。
サンディエゴは九州と同じくらいの緯度に位置していながら昼に空港に到着したときの気温は20度と涼しく、湿気が少なく雨も降らないという非常に過ごしやすい気温でした。また会場の隣には野球チームであるパドレスの本拠地があり、ダルビッシュ有選手のポスターもかかっていてうれしい気持ちになりました。街の治安は非常に良く、学会のスケジュールも比較的余裕をもって組まれていたため、異国の雰囲気を楽しみながら学会に集中することができました。
最後になりますが、本会議に参加するにあたり、丸文財団の皆様のおかげで、このような貴重な経験を得ることができました。心より感謝申し上げます。