International Conference on Low Temperature Physics (LT30) は、3年に1度開催される大規模な低温物理学の国際会議であり、物理学における主要な会議の一つとして位置づけられています。1946年に初めて開催された本会議は、今年で30回目、90年という非常に長い歴史を持ちます。「現在最も活気ある物理学の分野において、過去3年間で得られた顕著な成果や業績について、研究者同士が議論を交わす場」と定義されているように、低温物理学の発展に多大な影響力を持ちます。
前回の2022年は北海道、札幌(日本)で開催され、続く今回は、ビルバオ(スペイン)のエキシビションセンターにおいて、8月7日から13日までの日程で開催されました。各国から1,000名以上の参加があり、日曜日と最終日以外は毎日、ポスター発表と口頭発表合わせて200件を超える発表が行われました。内容は、極低温技術、物性測定手法をはじめ、低温環境下における磁性、超伝導といった固体物理、スピントロニクス等の応用工学まで多岐に及びました。今回は、磁性などに関する発表は少なく、UTe2などカイラル超伝導体に関する発表が非常に多い印象を受けました。
また、発表の場のみならず、廊下やコーヒーブレイク会場、休憩所、さらには帰りの地下鉄の中でも、年齢や国籍に関係なく、いたるところで活発に議論が行われていました。
次回の会議(LT31)は、ピッツバーグ(アメリカ)において、2028年8月6日から12日に開催予定です。
我々は、新しい量子カゴメ反強磁性体を開発し物性測定を行うことで、新しい量子多体状態を開拓することを目指して研究に取り組んでいます。超伝導や超流動状態の活用が社会を変革したように、新しい量子多体状態の開拓は、科学技術の発展と豊かな暮らしの実現のために必要不可欠です。量子多体状態の一つである量子スピン液体状態は、極低温でも電子スピンが凍結せずふらふらと揺らぐ状態と考えられており、高温超伝導発現機構との関連性の他、量子コンピュータ素子など工学応用の観点から注目を集めています。量子カゴメ反強磁性体は、基底状態における量子スピン液体のみならず、磁場中においてもマグノン結晶化に伴う多段の磁化プラトーの発現などが予想される、量子多体状態開拓のための魅力的な舞台です。一方、構造が複雑であるために開発が難しく、モデル物質が少ないことが研究の進展を阻む大きな課題でした。我々は、水熱合成法という、圧力鍋による料理法とよく似た物質開発手法を工夫して使うことによって、量子カゴメ反強磁性体のモデル物質InCu3(OH)6Cl3の開発に初めて成功しました。さらに、磁化、比熱、強磁場磁化測定等の基本物性測定を行い、新しい量子多体状態として1/3磁化プラトーを観測しました。これらのプラトー状態は7 Tから14 Tという比較的低い磁場領域において実現するため、これまで理論的にしか予想されてこなかった磁場中量子多体状態に、多様な測定プローブを用いて実験的にアクセスすることを可能にしました。
今回の国際会議では、これらの成果をまとめ、“Magnetism of novel kapellasite-type kagome antiferromagnet InCu3(OH)6Cl3”という題目で口頭発表を行いました。
LTという歴史ある舞台で口頭発表を行うということで、発表前は心臓が痛くなるくらい緊張していましたが、現地で知り合った皆様に「貴重で栄誉な機会をいただいたのだから、楽しんで」と励ましていただき、無事発表も議論も終えることができました。発表後も、コーヒーブレイクやConference Dinnerの間に、国内外、専門問わずさまざまな方と議論することができ、我々の研究成果について、多くの研究者の方々に興味を持っていただけたと実感しました。しかし、他の研究分野のセッションと比べると、我々のセッションは質問も少なく、少し活気がない印象を受けました。今後、我々が先陣を切って研究を進め、またこの分野を盛り上げていきたいと、研究に対するモチベーションが上がりました。一方、国際的には、カイラル磁性体やカイラル超伝導に対する注目度が増していることを実感しました。物質開発家として、今後はカイラル構造を有する物質の開発にも積極的に取り組み、常に世界に新しくて面白い物質を提案できるような研究者になりたいと思います。
また、開催地であるビルバオは、素晴らしい街でした。海に面した街で、気候も景観もよく、街全体が可愛らしく、人々も穏やかで、明るい雰囲気に包まれていました。会議が終わった後は研究者の皆様と街へ降り、現地の海鮮料理(特にイカ墨やホタテのソテーが絶品でした)を楽しむことができました。
丸文財団様の助成金に採択されなければ、このような貴重な経験をすることはできませんでした。最後になりますが、多大なご支援をいただきました丸文財団様に、心より御礼申し上げます。