国際交流助成受領者/国際会議参加レポート

令和6年度 国際交流助成受領者による国際共同研究レポート

受領・参加者名
鈴木 肇
(京都大学)
研究テーマ
水分解用半導体光触媒のキャリアダイナミクス測定
期日
2024年8月11日~31日
受入機関
ロイヤルメルボルン工科大学

1. 国際共同研究の目的


実験棟の入り口

人工光合成系の一つである半導体光触媒を用いた水分解は、太陽光と水から次世代のクリーエネルギーとして期待されている「水素」を直接製造できることから国内外で盛んに研究が行われている。近年では、天然光合成に匹敵する1%の太陽光エネルギー変換効率が実証され、社会実装に向けて光触媒パネルを用いた水素製造の実地試験も行われている。しかしながら、実用化を計る一つの目安として、コスト等の兼ね合いから5%程度の変換効率の実証が挙げられており、更なる高効率化が必要不可欠な段階にある。高効率な水分解を実証するために、光触媒は少なくとも、(1)可視光吸収能、(2)水を酸化還元可能なバンドレベル、(3)高い安定性、の三条件を満たさなければならない。これまでの研究から、この条件を全て兼ね備えた光触媒材料の開発は困難と認識されてきたが、近年申請者らが開発を進めるSillén-Aurivillius構造(もしくはSillén構造)を有する層状酸ハロゲン化物は、その特異なバンド構造故にそれらを満たす稀有な材料系であることが明らかとなった。この酸ハロゲン化物群はハロゲン層、フルオライト層、ペロブスカイト層が交互に積み重なった層状構造を有し、その層の組み合わせ方や元素置換によって、無限ともいえるの新規化合物の合成と光触媒特性の精密なチューニングが期待できる。実際に、申請者はこれまでに30種類以上の新規酸ハロゲン化物光触媒の開発に携わり、光触媒として有望な材料を多数報告してきた。

現在、本酸ハロゲン化物光触媒の更なる活性向上を目的として合成法の改良や表面修飾などの検討を行っているが、光触媒反応は複雑な多段階の過程を経て進行することから、一般的に「律速過程や活性支配因子を追究するのが極めて困難である」という悩ましい問題がある。光触媒反応は、①光吸収による電荷キャリア(電子e–と正孔h+)の生成、②生成した電荷キャリアの分離・移動、③光触媒表面の酸化還元反応、の3つの過程に大別され、各パートの効率が最終的な水分解活性(水素・酸素生成速度)に反映される。粒子状の光触媒の場合、この各パートを個別に評価するというのは極めて困難であり、活性の良し悪しから研究者の勘と経験によって材料の最適化や探索を行うことが大半である。この問題に対して本研究においては、粒子系を含む種々の半導体材料の時間分解分光測定を得意とするロイヤルメルボルン工科大学のY. Tachibana教授と連携することで、光触媒反応の素過程(特に電荷キャリアの生成・分離)を追跡し、合理的に光触媒の材料開発を進めたいと考えた。

2. 共同研究先での研究内容

本研究では、上述の種々の酸ハロゲン化物光触媒の時間分解過渡吸収分光(TAS)測定を行うことで、特に本物質の合成プロセスがキャリアダイナミクス(トラップや再結合等)に及ぼす影響を評価した。TAS測定では、光触媒にパルス光(ポンプ光)を照射することで電荷キャリア(電子と正孔)を生じさせ、その吸収の過渡変化を観測光(プローブ光)で測定する。Y. Tachibana教授はこのTAS測定を得意としており、研究室ではフェムト・ピコ秒オーダーからの変化を、様々な波長で観測することが可能である。測定する光触媒粉末は予め合成したものを用いて、現地で基板を作成してTAS測定を行った。光触媒は3種類の異なる酸ハロゲン化物光触媒を用意し、それぞれ合成プロセスや合成温度・時間を様々に変化させた試料を測定に用いた。本実験では特に、同一物質内での合成プロセスと条件がキャリアダイナミクス与える影響に注目し、TAS測定を行ったところ、酸ハロゲン化物の合成条件や処理条件がトラップや再結合過程、延いては光触媒活性に影響を及ぼしていることが明らかとなった。このTAS測定では、電荷キャリアの移動度に関する情報を得ることは難しいが、時間分解マイクロ波分光(TRMC)測定では、プローブ光であるマイクロ波の強度変化に基づいて、電荷キャリアの生成効率と移動度に関係したシグナルを得ることができる。そこで、TAS測定とTRMC測定を併用して相補的に各キャリアのダイナミクスを理解することで本物質のキャリア分離・移動特性に更に迫れると考えている。帰国後も引き続きY. Tachibana教授と議論を重ね、得られた成果を学術論文として発表する予定である。


実験室の風景

主に使用させていただいた装置

3. 国際共同研究の成果
(コミュニケーション・国際交流・感想)

これまでに国際学会などで海外を訪問することは度々あったものの、共同研究で海外に滞在するのは初めての経験で英語でのコミュニケーションには多少不安があったが、研究室全体にフレンドリーな雰囲気があり、「今日はどんな実験しますか?」といった質問から、「この太陽電池の膜の出来はどう思いますか?」といった実験の詳細に関する質問に至るまで、様々な話題で話しかけてくれる学生たちがいたおかげで、研究室に素早く馴染むことができた。このように積極的に話しかけてくれること自体が個人的に嬉しかったのと同時に、知らない研究者にも物怖じせずに研究の話題を展開できるコミュニケーション能力の高さも感じた。スタッフや学生の出身もほとんどがオーストラリア以外(アメリカ、中国、インド、イラン、スリランカ、フィリピンなど)で母国語も英語に限らない非常にインターナショナルな研究室であったせいか、英語のコミュニケーションもお互いゆっくり丁寧に話している印象で、そのおかげもあり自分の拙い英語でも滞在中の意思疎通で悩むことは少なかった。一方で、今回の滞在でもっと英語を使いこなしてスムーズに会話したいと強く感じ、今後日常会話を含めた英語能力の向上に努めていきたいとも思った。自身の所属研究室にも毎年留学生が短期で滞在しているが、彼らの気持ちにも以前より深く共感できるようになったはずである。また、ラボ運営に関しても学ぶところが多く、今後の研究の人生の糧になったのは間違いない。

最後に、本国際共同研究を推進するにあたり多大な支援をいただいた一般財団法人丸文財団に厚く御礼申し上げる。

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