会場入り口
International Conference on Low Temperature Physicsは3年に1度開催される大規模な低温物理学の国際会議であり、液体ヘリウムや低温環境下の固体物理といった低温物性を広く扱います。前回の2017年に続く今回は、本来2020年に開催される予定でした。しかし、COVID-19の蔓延により2年の延期を経て、2022年8月18日-24日にオンサイトおよびリモートのハイブリット開催が実現しました。
本会は第29回目(LT29)であり、北海道の札幌コンベンションセンターが開催地でした。35ヶ国から1,128名の参加があり、そのうちオンサイト参加は790名、リモート参加は348名でした。日本ではCOIVD-19感染の第7波の最中でしたが非常に多くの参加者が札幌に集い、発表の場のみならず廊下やポスター会場の隅での議論も活発に行っていました。会議内容は低温環境下で生じる超流動・超伝導や磁性、電荷秩序といった基礎物性の発表が多いのはもちろんのこと、それらの物性を使ったデバイス開発や量子コンピューターへの応用にもつながる量子ビットの発表も多く見られました。
次回の大会(LT30)はスペインで2025年8月7日-14日に開催予定となっています。
本発表では「Enhanced Seebeck coefficient in the spin-glasses Sr2Ru1−xMxO4 (M = Co, Mn)」というタイトルでポスター発表を行いました。Sr2RuO4の超伝導が1994に発見されて以来、その超伝導波動関数の対称性について実験的・理論的に様々な研究がなされてきましたが、コンセンサスを得られる対称性が見つからず、大きな謎として扱われてきました。それが2019年に一部の実験が高度に再検討され、結果が改められて理解が大きく進み、時間反転対称性の破れを伴う2成分波動関数という特異な対称性が最有力ということで話がまとまりつつあります。
このような特異な超伝導を実現する相互作用の正体はこれから明らかにしていくべき課題といえます。私の研究では磁気揺らぎの観点からこの問題にアプローチすべく、RuサイトをCoもしくはMn置換した試料に注目しました。CoおよびMn置換ではわずか1%程度の置換量で超伝導が消失し、代わりにそれぞれ強磁性的・反強磁性的なスピングラス相が現れます。これらの物質の単結晶試料を育成し、磁気揺らぎに敏感なゼーベック係数の測定から、強磁性・反強磁性的な揺らぎは遍歴電子に寄与していること、母物質のSr2RuO4が磁気相の量子臨界点に位置する可能性を輸送係数の観点から見出しました。
私のポスターを訪ねてくださった方々の中にはSr2RuO4を扱っている人のみならず、ゼーベック係数という物理量やスピングラスという現象に関心をもっている方もおりまして、自身の実験データに対してまた違った視点からのご意見をいただくことができ、とても勉強になりました。
今回の会議には、Sr2RuO4の超伝導波動関数の対称性研究進展に大きく寄与したマックスプランク研究所のグループからも参加があり、そこの研究員の方と最近の動向についても意見交換させていただく機会が得られました。他にも磁性サイトが局所的に空間反転対称性の破れを持つCe122型の物質群や、電荷秩序と超伝導を示すカゴメ格子AV3Sb5 (A=K, Rb, Cs)など注目を集めている物質の研究動向を知ることもできました。
近年ではリモート会議のスタイルも確立されてきていますが、このような大規模な会議を現地開催していただけると、多くの人に直接会えるというのがやはりメリットになると感じました。実際、私の研究環境でこういうことはできるかどうかといったことを尋ねられることもありましたし、私も知り合いが昔やっていた実験の詳細を尋ねることができました。
最後になりますが、本国際会議へ参加するにあたりご支援をいただきました丸文財団様に心から御礼申し上げます。