現在、広く利用されているコンピュータには、効率的な処理を苦手とする問題が多く存在する。その代表例として、多くの選択肢の中からある指標を最適化する問題、組合せ最適化問題が挙げられる。これは、仕事のシフト作成、物流、創薬など、日常にありふれた問題であり、IoT社会では、膨大なデータから効率的に最適解を求めることが要求される。これらを効率的に処理する新概念コンピュータとして、確率性を積極的に利用した確率論的コンピュータが注目されている。
確率論的コンピュータは、確率ビットと呼ばれる (i) 乱数生成能力(時間領域特性)と (ii) シグモイド関数型の出力特性(時間平均特性)を有する素子から構成され、計算速度や消費電力の観点から、磁気トンネル接合(MTJ)の利用が有望視されている。これまでに報告された多くの研究では「構成要素であるMTJ素子単体の特性評価」と「シミュレーションによる確率論的コンピュータの特性評価」いずれかに着目しており、複数の実素子を用いて実験的にコンピュータの特性を評価した例はない。私が所属する研究室においても、前者の「MTJ単体の特性評価」に注力しており、最先端の技術で作製されたMTJ素子の特性評価を行っている。そこで本研究では、アーキテクチャやアルゴリズムの構築に優れているカリフォルニア大学サンタバーバラ校と共同研究を行い、「複数の素子からなるデモ機を用いた、素子特性がコンピュータの計算性能へ及ぼす影響の評価」を目的とした。
従来の線形帰還シフトレジスタ (LFSR) などの疑似乱数発生器と異なり、MTJは熱擾乱によって乱数を生成する真性乱数発生器である。(1) MTJの持つ真性乱数性と (2) 確立されたCMOS技術による大規模な拡張性の両方を利用するため、MTJによって線形帰還シフトレジスタを駆動させる確率ビット (MTJ+LFSR) を構成し、線形帰還シフトレジスタやXoshiro128+(疑似乱数発生器の一つ)などの従来の疑似乱数発生器からなる確率ビットと比較を行った。乱数発生器が確率論的コンピュータの計算性能へ及ぼす影響の評価は、全加算器の計算によって行った。全加算器における各状態の理想的な確率はボルツマン分布によって求めることができ、確率論的コンピュータの計算により得られた確率と比較することで定量的に計算性能の評価を行った。
計算性能の評価に加え、乱数の質が機械学習へ及ぼす影響を評価するため、確率論的コンピュータにより、全加算器におけるビット間相互作用やバイアスの学習(機械学習)を行った。
最後に、各乱数発生器に対してベンチマーキングを行い、従来疑似乱数発生器に対するMTJ駆動線形帰還シフトレジスタの消費電力や乱数の質、コスト等の比較を行う予定である。
渡米前に共同研究先と打ち合わせがあり、事前に研究室メンバーと顔を合わせていたため、気を落ち着かせて共同研究先に向かうことができた。また、英会話に強い不安があったため、オンライン英会話で事前準備を行い、万全の状態で渡米した。そのおかげもあり、何を言っているか全く分からないという状況はほとんどなく、比較的円滑にコミュニケーションをとることができた。共同研究先の仲間達が、私が日本で行っていた研究内容について興味を示し、積極的に質問をしてくれたため、自身の持っている知識を共同研究に役立てることができた。そして、私も不明点があれば積極的に質問するように心がけ、これまで触れてこなかったアーキテクチャやアルゴリズムについての知識を得ることができた。研究活動以外でも、学生や教授と共に食事をし、文化や考え方の違いを認識することができた。
初めての海外滞在で「発言の大切さ」を痛感した。最初は言語だけでなく研究についてもわからない点があり、非常に不安が多かった。しかし、自分の考えや理解を伝えることで、アドバイスや具体的な説明を聞くことができ、英語力・研究のステップアップにつながった。また、間違った文法でわかりにくい英語を話した際も、聞き手は「それってつまりこういうこと?」のように聞き返してくれ、その後のやり取りが重要な議論に発展したことがあったため、やはり発言することは大事だと感じた。帰国後もこの学びを忘れずに、研究に注力したい。
最後になりますが、このような貴重な機会を与えてくださった貴財団の支援に心より感謝申し上げます。