本国際共同研究の学術的意義は、光エネルギーの有効利用において非常に重要な要素である、高効率超高速エネルギー移動のメカニズムの理解とそれに基づく合理的材料設計指針の掲示に資する知見を与えることである。さらに、国際ネットワーク構築の観点からも本研究は非常に意義深い。本国際共同研究に先立ち、指導教員らはフランス側の研究者らと国際的に連携し、研究活動を展開してきている。指導教員とフランス側受入研究者であるSliwa博士は数十年前から交流があり、様々な国際活動支援の下、研究協力、共同研究、種々の研究セミナー開催などで国際協力体制を築いている。またその後、フランスのCNRSが支援する国際共同研究ラボ CNRS LIA Nanosynergeticsへと発展している。このような継続的な日仏の国際研究協力のネットワーク構築の流れの中で、本共同研究は、日仏共同研究を強力に推進するものであり、これまで築き上げてきた国際連携を更に発展させる礎となる、歴史を鑑みても意義ある国際共同研究である。国際共同研究の必要性としては、Sliwa博士の関係する研究グループには、超高速発光イメージング装置と広帯域波長可変フェムト秒レーザー、ナノ形状と顕微分光の同時計測装置など我々の研究グループにはない測定装置があり、それらを扱うための知識、技術が蓄積されており、フランスに渡航して実施する種々の測定と、我々の有する知見と技術、経験を融合することで、従来困難であった励起移動距離と移動速度に関する実時間、実空間計測が可能となる。その成果は、超高速励起エネルギー移動の機構解明に対して非常に有効なヒントを与えると期待できる。これらの知見は国際共同研究を実施して初めて取得可能なものである。さらに、Sliwa博士およびその共同研究者は励起エネルギー移動や電子移動、光異性化など、光化学関連の重要な光励起・緩和過程や、希土類アップコンバージョンナノ粒子の発光ダイナミクスやTTA-UCによる光異性化反応のダイナミクスに対する測定、メカニズム解明に対する経験を有している。それゆえ、本国際共同研究で得られた測定データに対して、有効な解析手法やデータの合理的解釈に向けた深い議論も可能であるため、単に「装置を借りて測定する」以上の効果が期待でき、その意味でも本国際共同研究は研究目的達成に向けて必須である。
有機色素集合体内部で進行する励起エネルギー移動(励起移動)は、光合成や有機太陽電池などの多くの光エネルギー変換系の効率を決定する重要な過程の一つである。例えば、光合成のアンテナ部位は効率よく光を吸収し、非常に高速に効率よく反応中心に輸送する役割を担っている。この超高速な励起移動は、光合成における高いエネルギー利用効率を支える非常に重要な過程である。これまで、種々の天然系での励起移動の速度と距離に関する知見は報告されているが、現実の分子集合体においては、分子間距離や相対的配向が場所ごとに異なる場合も多く、一般的には励起移動の距離と方向は場所に依存する。しかし、回折限界により、励起移動の空間的な拡散を直接測定することとその結果と分子集合体のサイズ・形状や分子集合構造との相関づけることは難しい。そこで、本共同研究ではローカリゼーション法とナノ励起源として希土類アップコンバージョンナノ粒子(UCNPs)を用いることで励起移動の始点と終点を実空間で直接決定することを目的とする。励起移動の距離を直接測定するためのアプローチ法として、UCNPsとアクセプターとして量子ドット(QDs)を含むペリレンジイミド誘導体(PDI)の固体薄膜を調製する。そして、第一に近赤外光を照射することによりUCNPsの蛍光像を取得し、ローカリゼーション法によりUCNPsの位置決定をする。第二に可視光で選択的にQDsを励起し、QDsの蛍光像を取得して同様に位置決定する。最後に、近赤外光照射によりQDsの発光を観測して、前もって測定したUCNPsとQDsの位置から励起移動の距離と方向を実測する。本共同研究では、カバーガラス上にUCNPsをPDI固体薄膜中に分散させた試料を作製し、蛍光スペクトル・蛍光寿命の測定及び波長選択的な蛍光イメージングにより、UCNPsからPDI固体薄膜への励起移動を確認した。今後、カバーガラス上にUCNPsとQDsをPDI固体薄膜中に分散させた試料に近赤外光を照射することでQDsの発光を観測し、ローカリゼーション法により前もって決定したUCNPsとQDsの位置からUCNPsからPDI固体薄膜を介したQDsへの励起移動の距離と方向を実空間で測定する予定である。
今回の国際共同研究で滞在したフランスのリール大学には、私はこれまでに短期間ではありますが1回滞在したことがありました。その際に、国際共同研究に関して議論した経験もあり、言葉の壁を感じることもなくすぐに馴染むことができました。実際に、異国の地で研究活動を行うことで研究の推進・発展や研究者としての成長の機会となるだけでなく、普段日本で過ごしていてはあまり経験できないリール大学の研究者の方々と話す機会に恵まれました。その中で、研究に関する議論はもちろんのこと、フリートークでは文化についても紹介していただき、自分自身の視野を広げる大変有意義な時間となりました。今回の国際共同研究を糧にして、更なる研究の推進・英語力の向上に努めていきたいと思っています。
この場を借りて、国際共同研究を行うにあたり、ご指導、ご助言いただきましたMichel博士をはじめとするリール大学のLASIRE研究所の方々に心より感謝申し上げます。
最後に、本国際共同研究を推進するにあたり多大な支援をいただきました一般財団法人丸文財団に厚く御礼申し上げます。