国際交流助成受領者/国際会議参加レポート

令和3年度 国際交流助成受領者による国際会議参加レポート

受領・参加者名
洪 啓栄
(名古屋大学 環境医学研究所)
会議名
CAJAL course on Bioenergetics for Brain Function course
期日
2022年2月28日~3月18日
開催地
The Bordeaux School of Neuroscience in Bordeaux, France

1. 国際会議の概要

この度、参加したCAJALトレーニングコースは講義と実習の二つのプログラムで構成されていた。講義では神経代謝の分子メカニズムに関わる最新研究を討論し、実習では代謝に関連する動物行動学やインビトロ分子生物学の実験を実践した。

成人の脳の重量は体重の約2%程度だが、一日中消費カロリーの20%も占めているという事実がある。またグルコースが主なエネルギー源として、消費されていることも数々の研究で報告されている。しかし脳の中に神経と血管の間にある神経膠細胞(グリア細胞)が、どんなメカニズムでグルコースを血液から神経細胞に運ぶかが解明されていなかった。今回の会議には、数年前に提出された理論:星状膠細胞-神経-乳酸シャトル(星状膠細胞が血液のグルコースを利用して乳酸を作り、神経にエネルギー源として提供する理論)に、新たな証拠で議論した。

一方、実習もトレーニングコースの中で大変貴重な体験であった。私自身が名古屋大学で行った動物行動実験は、関連する論文を参考にし、自力で立ち上げたので、細かく気がつかないことがたくさんあったが、今回のコースで、行動実験において、経験豊富な先生に実験実習の際、色々細かな点や注意事項を丁寧に教えて貰うことができた。

トレーニングコース中、講義と実習以外で、講義していただいた先生と食事の時間にディスカッションをしたり、参加した学生達との学術交流をしたりすることができ、毎日とても刺激を受け、充実していた。大変貴重な機会をいただけたことを心より感謝申し上げる。

2. 研究テーマと討論内容

最終的に、提出したテーマで発表ではなく、他の最新研究をテーマとし、ポスターで発表をすることにした。概日リズムに関する神経回路を同定した回路に、更に細胞時計を司る遺伝子をノックアウトして、行動実験や睡眠覚醒で遺伝子の役割を明らかにする研究結果を発表した。そのおかげで、コースの参加者や講演者と、睡眠覚醒と代謝の相互作用について熱弁することができました。

概日リズムの中心になる脳の部位、すなわち視交叉上核は既に半世紀以上前に発見されているが、視交叉上核が視床下部の室傍核領域に、ストレス応答に関わる神経細胞として知られているコルチコトロピン放出ホルモン産生神経(CRF神経)を経由して、視床下部外側野のオレキシン神経を制御することによって睡眠覚醒に影響を与えることを、我々が2年前に同定した。しかし、視床下部の室傍核領域のCRF 神経自身が時計遺伝子であるBmal1にどんな影響が及ぼすのはまだ分かっていないため、CRF神経特異的にBmal1遺伝子欠損するマウスを作り、睡眠覚醒と数々の行動を評価した。結論はCRF神経特異的なBmal1欠損マウスは情動、行動力、睡眠覚醒と概日リズムが正常マウスと比べて有意の差が見られなかったが、他の研究グループでは我々が注目していない血中コレステロールの変化を確認していた。今回の会議の中で、不安や感情を支配する扁桃体を中心に研究している研究者と、睡眠覚醒と不安についての神経回路と分子メカニズムについて討論し、その可能性の一つとして考えられるのは、扁桃体において不安行動を調節するCRF神経であることが分かった。

3. 国際会議に出席した成果
(コミュニケーション・国際交流・感想)

今回のトレーニングコースでは、初めて1週間以上開催される国際会議に参加することとなった。また、アジアからの参加者は私だけで、完全に英語のみのコミュニケーションとなった。会議の中で日本と全く違うと一番感じたのは、質問の回数とタイミングである。日本の講義では、基本的に講師の一方的な講義で進行する。そして講義の後に生徒が質問し始めるのは日本の流儀だが、今回のレクチャーでは、話の本質に入る前から、すでに質問が始まり、授業の半分は質疑応答だった。規定時間に講義が終了することは一度もなかった。大変貴重な勉強になったのではあるが、先生の発表内容が途切れてしまう点や時間を守らないという点は今後の課題だと感じた。ヨーロッパと日本での共同研究と動物実験の相違について、他の参加者や先生との話でかなり驚いた。日本では、一人で論文を仕上げることが一般的である。論文のために研究室にない技術を導入するため、勉強しに行くことがあるが、ヨーロッパでは、研究室にない技術で研究しようと思えば、他の研究室と共同研究するのは普通である。一方、日本では、動物に関する規制がヨーロッパに比べ相対的に自由であると感じた。つまり、日本での研究が新たなアイディアを検証するのは、比較的に早くできるけれども、ヨーロッパでは具体的な計画が審査を通過しない限り、研究を実行することが許されない。

最後に、海外と日本の学術研究者の給料の話もしていた。博士が終了し、アカデミーに進んで5年以内の場合、手取り給与は日本の方が少しいい。そして、博士課程において給料出してくれるところがほとんどなので、博士課程に進学する学生が途絶えない。

今回の会議は、コロナ禍で開催されたため、日本では有り得ない開放的な人間関係や交流がたくさんあった。大変慣れないこともあったが、勉強になることも多々あった。

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