今年で第10回目を迎えるIEEE ICSPCS (International Conference on Signal Processing and Communication Systems) は、オーストラリアの学術コミュニティを中心にアメリカ、ヨーロッパ、アジア各国からの研究者が集まり信号処理と通信システムに関する研究成果を議論する国際会議である。研究テーマは画像・音響処理から情報理論まで幅広い話題をカバーするが、可視光通信や無線通信に関するテーマも多い。本カンファレンスの特徴は、小規模であるがゆえに、研究分野を超えて参加者同士の交流が図りやすいこと、そして、若い研究者や発展途中の研究を温かく迎え入れる雰囲気であること、が挙げられる。
ℓ1正規化MMSEチャネル推定の演算量削減について研究成果を発表した。第5世代移動体通信では、年々高まる伝送速度の高速化の要求に応えるため、大規模MIMO伝送が注目されている。大規模MIMOは数十から数百の送受信アンテナを利用して空間多重度を高めることで、スペクトラム利用効率の更なる向上が期待されている。しかし、端末の移動を前提とする無線通信は通信中にチャネルパラメータの推定を実施する必要がある。通常、受信機で高精度にチャネル推定を行うために、送信機は、各送信ストリームが区別できるように理想的に無相関なパイロット信号を伝送する。
ところが、伝送帯域が有限である以上そのようなパイロット信号の組み合わせの個数も限られる。このため、大規模MIMO伝送では、送信ストリーム間でパイロット信号の直行性を必ずしも保証できないパイロット汚染とよばれる課題が発生する。高野らは、ℓ1正規化を利用したチャネル推定法がパイロット汚染の有効な解決策であることを数学的に証明してきた。しかし、従来の貪欲法に基づくℓ1正規化MMSE法は高い演算量を必要とする。本研究は、H/W実現を目指し、二分探索木を利用した低演算量なℓ1正規化MMSE法を提案した。アドホックなアプローチを持つ提案アルゴリズムは学術的に興味深いという意見がある一方、もう一歩踏み込んだ理論的解析が望まれるというコメントを得た。
第5世代移動体通信ではミリ波を利用した広帯域通信が注目されている。周波数が30GHz~300GHzであるミリ波帯域は、直進性が強く反射や回折しにくいため、移動体通信には不向きといわれてきた。しかし、多数の送受信アンテナを利用した大規模MIMO伝送を行うことで、この電波伝搬の課題を克服することが期待されている。本カンファレンスの出席者の中には、ベースバンド・シミュレーションだけでなく、RFレベルでの実証実験を行っている方もいた。実証実験での大規模MIMO伝送の必要性を尋ねたところ、実験中のシステムでは高ゲインの指向性アンテナを利用しているとの回答をいただいた。もちろん、エンドユーザの利用する端末のすべてにそのような指向性アンテナを利用することはできないが、ミリ波の伝搬課題に対し大規模MIMO伝送以外にも様々なアプローチがあることを教えていただいた。
発表者の中には、スティーブ・ジョブス氏のようなスタイルでプレゼンテーションを行う方もいた。技術発表はシンプルが一番と考えていたが、いかに聴衆に聞いてもらうか、印象的なアピールも必要、と感じさせられた。今後も、発表技術の向上に努めていきたい。