エントランスホールの様子
The Annual Magnetism and Magnetic Materials (MMM) Conferenceは約60年前の1955年に初回が開催され、今や磁性・スピントロニクスの分野の中では最も規模の大きな国際学会となりました。今年は、西欧・東欧の両文化が融合した南国の都市・ハワイ州ホノルルで開催されました。最近のMMMでは、エネルギーアシスト磁気記録、超高速スピンダイナミクス、スカーミオンなど磁性に関する幅広い分野の最新の研究成果が報告されています。59回目となる今回は毎日朝8:30から19:00まで、9つの口頭セッションと2つのポスターセッションが同時に行われました。また、発表件数は口頭発表(招待講演を含む)とポスター発表で延べ約1,900件を超え、非常に大規模なものとなりました。ちなみに、この発表件数はMMM史上最多であり、同分野で凌ぎを削る世界各国の研究者と議論できる恰好の機会となりました。数多ある発表の中には、自身の研究内容と近いものもあり、有益な情報を得ることができました。他の発表も、非常に興味深いものが多く、この分野の現在の発展ぶりが窺えました。
今回私は、スピントロニクスのセッションにおいて、n型Ge中の室温スピン輸送を観測した実験について報告させていただきました。スピントロニクスとは、電子の電荷とスピンを両方利用して、いわゆるbeyond CMOSを実現し得るとして期待されている技術の一つです。現在、半導体エレクトロニクスではSiとGeが多く使用されており、整合性の観点からSiやGeべースのスピントロニクスデバイスの実現を目指した研究が盛んに行われています。幸運にも、SiとGeは結晶の空間対称性を持つためスピン緩和しにくく、スピントロニクスデバイス実現への可能性を秘めています。また、SiよりGeほうが移動度が高く、より高速なデバイスを実現できるのはGeベースのスピントロニクスデバイスであると考えています。しかし、Siでは室温でのスピン輸送が確認されているものの、Geでは当時はまだ実現されていませんでした。そこで、室温でのGe中のスピン輸送の実現を研究目的とし、実験を行ってきました。従来スピン輸送は電気的に行われるのが一般的でしたが、私が注目したのはスピンポンピングという動力学的スピン注入法です。スピンポンピングでは、電気的スピン注入法と異なり、強磁性体とスピンを注入したい物質とのコンダクタンスミスマッチを考慮する必要が無く、これまでに数多くの物質へのスピン注入成功が報告されてきました。また、注入・輸送されたスピンの検出法は、逆スピンホール効果を利用しました。逆スピンホール効果は物質中のスピン軌道相互作用が起源であり、スピン流を電流へと変換する効果です。これらスピンポンピングと逆スピンホール効果を組み合わせたところ、室温でのn型Ge中のスピン輸送の観測に世界で初めて成功しました。更に、デバイス応用の際に必要な物性値であるスピン拡散長を660 nmと見積もることができ、Geベースのスピントロニクスデバイス実現に向けて貢献することができました。
S. Dushenkoによる口頭発表の様子
今回の発表では“Demonstration of spin transport in n-type Germanium epilayers at room temperature”と題し、上記の実験結果について発表させていただきました。質疑応答では強磁性体とn型Geとの界面に形成されるミキシング層の影響の有無について問われました。質問は発表中だけにとどまらず、発表後も研究内容についての質問を多数いただき、改めて自身の研究が注目されていることを認識しました。
MMMに参加して、著名な研究者の方々と議論を交わすことができ非常に有益なものとなりました。多種多様な講演や発表を聴講することで、スピントロニクスの進展を把握することができ、また今後の私の研究のモチベーションとすることができました。今回参加したセッションの中で特に興味深くまた有意義であったセッション・講演は、“Spin Hall Effect”、“Spin-Orbit Torques”、“Spin Injection, Transport, and Detection in Novel 2D Materials”、“Spin Dynamics in Nanostructures”、東京大学の十倉先生による“Topology and Magnetism”、Dr. A. Hoffmannによる“Insights about spin Hall effects from spin pumping”です。これらの発表に参加・聴講することができ非常に光栄でした。
また、MMMでは非常に多くの日本人が参加しており、日本がスピントロニクスの分野でいかに先行しているか再認識することができました。今後、更に日本からレベルの高い成果を発信し、世界をけん引し続けることが重要であり、私もその一助となっていきたいと思います。
最後になりましたが、このような素晴らしい機会を与えていただいた、丸文財団の関係者の皆様に厚く御礼を申し上げます。
質疑応答の様子