Spintech VII は、スピン依存の物理現象・スピントロニクス(スピンの自由度を利用した新規機能素子の開発)における新規材料・新規素子開発の研究を発表対象とした国際会議である。2001年の第1回会議の後、2年に1度催され、今回が第7回の開催である。本会議では、会期後半の2日半で11件の招待講演、11件の一般講演、144件のポスター講演が行われた。前半2日半ではschoolと呼ばれる講義形式のセッションが企画されている。各分野で最先端の研究者10人が90分ずつ分野全般の現状や基礎事項に関して講義を行った。学生や初学者のスピントロニクスに対する理解を深めることでスピントロニクス分野の今後の発展を促す狙いがあり、本会議の大きな特徴である。
次回のSpintech VIII は2015年にスイスで開催される予定である。
ポスター発表の様子
グラフェン(炭素原子単層膜)は、電子スピンの情報を長距離輸送できることからスピントロニクスにおける有望な材料として期待されている。スピントロニクス応用に向けて強磁性電極からグラフェンへの効率的なスピン注入が鍵である。スピン注入効率向上に向けて強磁性電極/グラフェン界面へのトンネルバリアの挿入が行われてきたが、これまでにグラフェンへのスピン注入が実現されたのはMgOやAl2O3といった多結晶・アモルファス状のトンネルバリアに限られていた。今回発表を行った「Electrical spin injection into graphene through a monolayer hexagonal boron nitride tunnel barrier」では、六方晶窒化ホウ素(Hexagonal boron nitride, h-BN)という層状の絶縁性材料を、粘着テープを用いた劈開により数原子層まで薄層化し強磁性電極/グラフェン界面に挿入することでh-BNをトンネルバリアとしてグラフェンへのスピン注入を実現した。h-BNは劈開前は多結晶であるものの、単原子層まで薄層化することで単一ドメインから形成される単結晶となる。本研究で実現したスピン注入は、単結晶トンネルバリアを介したグラフェンへのスピン注入としては世界で初めての成果である。発表では、強磁性電極/h-BN/グラフェンの電流電圧特性が非線形を示すこと・h-BNの原子層数を1, 2, 3,…と増やしていくと抵抗が指数関数的に増大することからh-BNがトンネルバリアとして機能していることも併せて説明した。質疑応答では、素子の作製方法やスピン注入効率がどの程度かという質問を多く受けた。グラフェンとh-BNをともに粘着テープで作製し、両者の位置を合わせながら貼り合わせるという手法が他の分野の方には新鮮に映ったようだった。
会議場 InterContinental Chicago
本会議に参加した目的は、研究成果を周知すること・議論を通して研究の伸展に向けた手がかりをつかむことであった。前者に関しては、様々な分野の方が多くポスターを見に来て下さり研究成果を広く周知出来たのではないかと考えている(グラフェンスピントロニクスに取り組む研究グループは世界で20を超えているにも関わらず、今回会議に参加したのは私を含めて2グループ程度であったのは残念ではあったが)。また、後者に関しては、同じくh-BNトンネルバリアを介したグラフェンへのスピン注入に取り組んでいる研究者と実験結果に関して深く議論・情報交換を行い、大変有意義な時間を過ごすことが出来た。また、高いレベルの講演を多く聞くことができ大きな刺激を受けた。今回の研究をより深め次回参加する国際会議では口頭発表を行いたいと強く思った。
会議が開催されたシカゴは高層ビルが多く立ち並ぶ大都市であったが、ミシガン湖や近くを流れる川など景観の素晴らしいところも多くまた治安も良いという印象を受けた。会議で疲れた頭や体もシカゴの街に触れることでリフレッシュされ、毎日集中して会議に参加することができた。
最後になりますが、本会議への参加に際し多大な支援を賜りました貴財団に心より感謝を申し上げたいと思います。ありがとうございました。